やればできる!!の本当の意味

織田トマトの日々

やれないと思う事でも
やればできるかもしれない。

そしてそれは
自分ひとりじゃなく

誰かと一緒にやることで
できるのかもしれない。

今日は
そんなお話。

 

「自分を生きる」

と決めたあなたを
大空と大地のエネルギー
たっぷりのトマトで応援する

織田トマトの織田茜です。

 

2年ぶりに開催された
夏の高校野球が

初の智弁対決を制した
智弁和歌山高校の優勝で

幕を閉じました。

 

そして

同じ日に
京セラドーム大阪で行われた

オリックス―ソフトバンク戦
での始球式を

お笑い芸人の「ティモンディ」
が務めました。


「ベンチもはや苦笑い」ティモンディ高岸さんの1球が「やればできるのレベルちゃう」』より引用

ティモンディのおふたりは
高校野球の常連校である
愛媛県の済美高校で

ともに甲子園を目指した
元高校球児です。

ティモンディ|GRAPE COMPANY- 株式会社グレープカンパニー
グレープカンパニーホームページ(ティモンディ所属事務所)より引用

そして

高岸さんと言えば
あの決め台詞!!

やればできる

 

とは言っても

やってもできないことって
人生でいっぱいありますよね?

 

高岸さんご本人は
高校時代は決勝で敗れて

甲子園に出場することは
叶いませんでした。

そして

その後、進学した大学では
體の故障によって

プロ野球選手になるという
夢を諦めています。

 

じゃあ、

高岸さんが言う

「やればできる」
ってどういうことなのか。

 

高岸さんがこの言葉に
込めた想い。

 

それは

やれば成長できる

ということ。

 

そして

そのやり方はひとつじゃなく
いろんな方法がある!!

 

そう思うのは

私たちがトマト農家として
やっていられるのも

まさにそこに気づけたから!
なんです。

 

就農前に学んだ
高知県の研修施設で
いろんな野菜を栽培している時。

 

夫は他の野菜には
何も感じないのに

トマトのハウスに入ると
めっちゃワクワク
ドキドキしたそうです。

 

緑色の葉っぱの奥に
赤く熟れたトマトが見えると

ものすごく元気をもらえたんだとか。

その後

「トマト農家になる」

って夫は決めました。

 

でも

夫にはトマト農家は
難しいかもしれない

そう思われる特性がありました。

 

それは

色覚多様性(特性)』。

 

これは

色を識別する部分の
認識や識別が

多くの方とは異なる
タイプのことです。

日本人男性の20人に1人、
女性でも500人に1人が

赤と緑の区別がつきにくいタイプ
だと言われています。

 

では

なぜこの特性があると
トマト農家になるのが難しいのか?

 

それは

トマトの収穫では
出荷先によって熟れ具合を
指定されることがあります。

その場合は

指定された熟れ具合を
赤色の色づき方で見分けます。

 

だけど

夫はその微妙な赤み具合が
分からないんです。

実は

夫は高校時代、
照明の仕事に
興味を持っていました。

でも

この特性で諦めたそうです。

 

ただ今回は

夫はこの特性を
ハンデだと思って諦めなかった

 

なぜなら

 

自分が赤色が見えにくいなら
見える人にお願いすればいい

 

そう思っていたから。

 

だから

研修中も
一緒に作業するみんなに
お願いしていましたし

就農してからは
妻である私がメインで
収穫しています。


収穫中の妻である私の一コマ

 

夫はトマト栽培をやるって
決めたから

じゃあ自分の特性でも
どうやったらできるんだろう?

って考えた。

 

それによって

自分にできないことを
できる誰かに
素直にお願いしたり

むしろそれによって
多くの方に応援してもらえたり。

 

実際にやったことで
夫自身ものすごく成長しています。

 

自分だけでは
難しいかもしれないこと
って誰にでもあります。

 

けれど

誰かと一緒だったら
やれるかもしれない。

そして

やってみて
結局できなかったとしても
やらなかった後悔はしない。

 

やったらやった分の成長が
必ずあるんです!!

 

もしあなたが

やりたいけど
何かの理由でやれない

そんな時に
一歩を踏み出す勇気が
生まれますように。

 

高知からまごころこめて。

織田トマト

【夫:織田康嗣】
高知県立高知東高等学校卒 

2017年 新規就農してトマトの栽培を始める

幼い頃、週末に父親の実家がある佐川町に、田んぼの手入れに来ていた。
平日はサラリーマンとして働く父親は普段全く笑顔がなかったが、週末の田んぼで汗を流す時だけは、驚くほどとびきりのいい笑顔をしていたのが子ども心に強く印象に残っていた。

高校卒業後は、大阪や東京でコンサートなどの音響スタッフやドラマーとして活動。

東京で長年暮らすうちに、「いつかは故郷に帰りたい」と思うようになり、そんな時に頭に浮かんだのは、かつて父親が楽しそうに田んぼをやっていた姿だった。

「仕事もプライベートも自分の人生をまるごと謳歌する大人を増やす」べく、命の源である食を支える農家になることを決意。

世の大人たちを細胞からエネルギーで満たす生命力が高いトマトを届けようと日々励んでいる。

【妻:織田茜】

中央大学法学部卒 

都内の化粧品メーカーで「肌の専門家」として年間2,000人以上の肌相談に対応。社内外で美容や応対の教育指導にも従事

夫と共に高知に移住し、2017年から夫婦でトマトを栽培している。

織田トマトの日々
愛∞無限大|織田トマト