「自分のため」でも「人のため」でもどっちでもいい

織田トマトの日々

“自分のために”生きるのと
“誰かのために”生きるのって
何がどう違うの?

 

自分の人生をとことん楽しむ
大人で溢れる世の中にする

ことをビジョンに

エネルギー
溢れる真っ赤な太陽
のようなトマトを通して

細胞が喜び命が輝く
大空と大地の愛を繋ぐ天使💛

織田トマトの織田茜です。

夫が昔からよく言うことがある。

 

それは

「俺はあなたの笑顔のために
と思ったらがんばれる」

 

そんな夫がこんなことを言っていた。

 

それは

「“誰かのために”って自分の人生を
生きてないことになるのかなぁ」

 

 

ここ数年、自分軸や他人軸
という話題だったり
“自分のために”生きようっていう話が
よく記事になったりしていて

私もブログでよく“自分のために”
って言葉を用いて書くことがあります。

 

じゃあ、“自分のために”って
一体どういうことなのか?

 

そして、“誰かのために”だと
自分を生きていないことになるのか?

 

そんなことを今日はちょっと
書いてみようかと思ったんです。

 

ところで

以前、結婚前にふたりでとある
講演会に行った時
講演された方がこんなことを言っていた。

 

「“人のため”じゃなくて
“自分のため”に仕事も人生も生きなさい」

 

 

当時も夫は“人のため”にすることが
モチベーションが上がるタイプだったから
講演会で聴いた言葉がとてもショック
だったようで。

 

しばらく“自分のため”を意識して
いたことがありました。

 

でもですね

やっぱり夫は“誰かのため”にを
考えてやることがとても自然体であり
しっくりくるみたいで。

 

自分はそれでいいんだって
その時は思ったみたいなんですよね。

 

 

でもね

“人のため”って言うとよく

 

「自分の意思を持っていない」とか

「他人軸じゃなくて自分軸で
生きなさい」

っていう人がいるんだけど

 

そもそも人にはタイプっていうものが
あると思うんですよね。

 

人はみんなそれぞれ違うわけだから

“自分のために”がエネルギーが
湧き出る人もいれば

“誰かのために”が原動力になる
人だっている

 

 

そして、人生ってその時その時での
バランスってものがありますよね。

 

何事も白か黒かの極端なこと
ばっかりじゃないし

人生のタイミングによっても
“自分のため”に生きる時期と
“誰かのため”に生きる時期が
あったりする。

 

それに

誰かの目を気にして何かをやったり
自分の気持ちを抑えてまでやるなら
“自分のために”も“誰かのために”も
どっちもしんどくないですか?

 

自分の「○○したい」って湧き上がる
気持ちがそこにあるのなら

“自分のために”だろうが
“誰かのために”だろうが
どっちでもいいと思うんです

 

そして、自分のその奥深くにある
気持ちに素直に生きることが
自分を生きるってことだと思うんですね。

 

 

だから

全く気にする必要はないよー

って私は思います。

 

そして、どうせ気にするのなら
あなたのその素直な自分の想いを
気にかけてあげてください。

 

 

今日も高知から愛とまごころをこめて。

織田トマト

【夫:織田康嗣】

1982年 高知生まれ 高知県立高知東高等学校卒 
2017年 新規就農してトマトの栽培を始める

幼い頃、週末に父親の実家がある佐川町に、田んぼの手入れに来ていた。
平日はサラリーマンとして働く父親は普段全く笑顔がなかったが、週末の田んぼで汗を流す時だけは、驚くほどとびきりのいい笑顔をしていたのが子ども心に強く印象に残っていた。

高校卒業後は、大阪や東京でコンサートなどの音響スタッフやドラマーとして活動。

東京で長年暮らすうちに、「いつかは故郷に帰りたい」と思うようになり、そんな時に頭に浮かんだのは、かつて父親が楽しそうに田んぼをやっていた姿だった。

「仕事もプライベートも自分の人生をまるごと謳歌する大人を増やす」べく、命の源である食を支える農家になることを決意。

世の大人たちを細胞からエネルギーで満たす生命力が高いトマトを届けようと日々励んでいる。

【妻:織田茜】

1978年 鹿児島生まれ 中央大学法学部卒 

都内の化粧品メーカーで「肌の専門家」として年間2,000人以上の肌相談に対応。社内外で美容や応対の教育指導も手掛ける。

夫と共に高知に移住し、2017年から夫婦でトマトを栽培している。

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細胞が喜び命が輝く大空と大地の愛を繋ぐ「織田トマト」
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