栽培の技術革新は進めど、まだまだ完全自動化は難しいのが現状です

織田トマトの日々
あかね
あかね

織田トマト広報担当、織田茜です。

トマトハウス内の電子レンジが壊れました。。。

自宅で炊いたご飯をパックに詰めたものとちょっとしたおかずやふりかけなどでお昼ごはんを食べています。

この時期はそこまで冷たくないものの、やっぱりあったかいごはんで食べたい!!

早急に電子レンジをなんとかしなくちゃ、と思っています。

 

トマトたちはぐんぐん背が高くなり、ついにトマトハウスの天井付近まで背が伸びました。

実は、トマトによって背の高さが結構バラバラなんです。

それは、同じトマトハウス内でも土の水分状態が異なるから。

私たちのトマトハウスでは、サイド部分に地下水が豊富だということはこれまでもトマトの生育状況で分かっていたことなんですが、最近、水脈が横断しているんじゃないかと思い至りました。

というのも、どの畝も真ん中部分だけが突出して背が高いんです。

栽培においてそれぞれの樹が多少の生育状況の違いがあるのは個体差もあるため想定内なんですが、あまりにも違うと対応が難しくなってきます。

織田トマトでは、夫が栽培担当です。

その日の天候はもちろん、この水脈の状況も鑑みて細かい水分調整を行っています。

農業の分野でもどんどん技術が進んでいて、水やりも自動化しています。

私たちもタイマーで時間になったら設定した時間分の水をかけるといった自動化を取り入れていますが、畝によっても個体差が大きいため、完全自動化はまだまだ難しいのが現状です。

そのため、やはり、毎日トマトハウスに足を運び、土の具合やトマトの状態、天候によって、水やりのタイミングや水をかける量をその日その日で変えています。

それが職人気質の夫にとっては、難しくもあり面白くもあり、やりがいがあることなんだろうなぁと感じています。

細胞が喜び命が輝く大空と大地の愛を繋ぐ織田トマト

【夫:織田康嗣】1982年 高知生まれ 高知県立高知東高等学校卒 
大阪や東京でコンサートなどの音響スタッフやドラマーとして活動し、故郷で農業がしたいと高知にUターン。

2014年 高知県佐川町に夫婦で移住
2017年 トマト農家として新規就農する

幼い頃、週末になると父親の実家がある佐川町に、田んぼの手入れをしに父親と来ていた。

サラリーマンだった父親は、朝早くから夜遅くまで仕事で家におらず、普段は笑顔がなかった。

けれど、週末の田んぼで汗を流す時だけは、とびきりのいい笑顔をしていた。

それを見た時に、「農業っていいなぁ」となんとなく思っていたが、高校卒業後は興味があった音楽の道に進む決意をする。

東京で長年暮らすうちに、「いつかは故郷に帰りたい」と思うようになり、そんな時に頭に浮かんだのは、かつての父親が楽しそうに田んぼをやっていた姿だった。

そこで、「自分が生きたい人生を選び、とことん楽しむ」と決め、故郷・高知で農家になる事を決断。

『仕事やプライベートの区別なく、自分の人生をまるごと楽しむ大人で溢れる世の中にする』ことをビジョンに掲げる。

自分の人生をとことん楽しむためには、まず心とからだが元気でエネルギーに満ちていることが大切だと考え、おいしいだけじゃない生命力が高いトマトを届けようと決める。

夫婦で「ありがとう」「愛してる」と日々トマトたちに声を絶えずかけている。

【妻:織田茜】1978年 鹿児島生まれ 中央大学法学部卒 都内の化粧品メーカーで「肌の専門家」として年間2,000人以上の肌相談に対応。社内外で美容や応対の教育指導も手掛ける。

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