織田トマトは新宿三丁目のダイニングバー『OZU(オーズ)』から始まった

織田トマトの日々
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あかね
あかね

織田トマト広報担当、織田茜です。

明日はいよいよトマトの苗を植えます!

今日はハウスから帰ってきて、先日オンラインで習ったおいしい

フレンチを作ってお料理で體にエネルギーチャージしました。

がんばるぞー!!

織田トマトのはじまり新宿三丁目のダイニングバー『OZU』

私たち夫婦は約9年前に新宿三丁目にあるダイニングバー『OZU』で出会いました。
OZUは、新宿で長年バーを経営してきたマスターが新たに始めたお店で、長年の常連さんが集う賑やかでアットホームな場所でした。

高知に移住してからお酒をほぼ飲まなくなった私ですが、独身時代はOZUで夜な夜な飲み(当時は私が飲むお酒と言えばロックでした)、時には徹夜で出勤することも数知れず(^^;)

とっても居心地がよくてついつい長居しちゃう、私にとってそんなお店でした。

OZUでは、マスターや常連さん同士、マスターの奥さまであるママ、みんな仲がとてもよくて。

旅行に行ったり、マラソン大会に参加したりするような濃いつながりが魅力のお店で、私たち夫婦も独身時代にそういったイベントに参加しながら友人関係にありました。

そして、いつしか交際に発展し、その後、縁あって結婚しました。

私たちは結婚と同時に旦那さんの故郷・高知に移住したんですが、結婚する時には、マスターやお店で出会った常連さんたちがわざわざ高知まで足を運んでくれました。

高知に移住してからも、夫婦で上京する時には必ずお店を訪ね、マスターやママ、常連さんたちと昔話に花を咲かせました。
OZUは、私たち夫婦にとって、私たちの始まりであり、東京のホームであるお店。

高知に移住してなかなか伺う機会がないけれど、ずっと大事にしていきたい、そんなお店でした。

OZUは今年の8月末で閉店します

そんな大事なお店が今年の8月末をもって閉店することになりました。

マスターがSNSに発表した閉店のお知らせを知り、とてもビックリしたとともに、ものすごくショックでさみしい気持ちになりました。

「私たちの大事な場所がなくなってしまう。。。」
そんな想いがしばらく私の心を占めていました。

でも、これはマスターとママがふたりで何度も話し合って出した答えです。
だったら、その答えを受け入れ、その上で私たちがお役に立てることがあるすとれば、その時は喜んで駆けつけるだけです。

生きていくために選択する

それに、お店を閉めることは終わりじゃないんですよね。

マスターとママはご夫婦で同じビルでそれぞれお店を経営されています。

が、このコロナ渦の中でなんとか生き残って行くためにOZUを閉め、もうひとつのお店(タイ料理店『スアータイ』)に集中していくという選択をされました。

大事なお店がなくなってしまうことに気持ちが引きずられてしまう自分が居たけれど、それはひとつの過程でしかなくて。

それに、マスターやママに会える場所がなくなったわけじゃない!!

生き残るために決断されたおふたりの姿に、逆にこの時代を生きる強さのようなものを学ばせてもらいました。

だから、今は、私も自分の持ち場でできることに集中しよう。

そして、また夫婦で上京して思い出がいっぱい詰まった新宿三丁目で、マスターとママがいるスアータイで美味しいタイ料理を食べよう。

そう思って近い未来を楽しみにしている私です。


2018年に夫婦で上京しOZUを訪れた時。大好きな『スアータイ』のグリーンカレーを食べて思わず笑顔

【2020年9月12日追記】
このブログは2020年8月20日に投稿したものです。
その後、同じビル内にあった『OZU(熊三ビル4階)』と『スアータイ(熊三ビル2階)』は、ビルのオーナーさんと話し合った結果、それぞれの特徴を生かした合流店舗を熊三ビルの3階に新装開店することになりました
そして、めでたく、2020年9月9日に新装開店しました
※看板は『スアータイ』ですが、店内にはバーカウンターもあり『OZU』の特徴も活かした内容になっています。
細胞が喜び命が輝く大空と大地の愛を繋ぐ織田トマト

【夫:織田康嗣】1982年 高知生まれ 高知県立高知東高等学校卒 
大阪や東京でコンサートなどの音響スタッフやドラマーとして活動し、故郷で農業がしたいと高知にUターン。

2014年 高知県佐川町に夫婦で移住
2017年 トマト農家として新規就農する

幼い頃、週末になると父親の実家がある佐川町に、田んぼの手入れをしに父親と来ていた。

サラリーマンだった父親は、朝早くから夜遅くまで仕事で家におらず、普段は笑顔がなかった。

けれど、週末の田んぼで汗を流す時だけは、とびきりのいい笑顔をしていた。

それを見た時に、「農業っていいなぁ」となんとなく思っていたが、高校卒業後は興味があった音楽の道に進む決意をする。

東京で長年暮らすうちに、「いつかは故郷に帰りたい」と思うようになり、そんな時に頭に浮かんだのは、かつての父親が楽しそうに田んぼをやっていた姿だった。

そこで、「自分が生きたい人生を選び、とことん楽しむ」と決め、故郷・高知で農家になる事を決断。

『仕事やプライベートの区別なく、自分の人生をまるごと楽しむ大人で溢れる世の中にする』ことをビジョンに掲げる。

自分の人生をとことん楽しむためには、まず心とからだが元気でエネルギーに満ちていることが大切だと考え、おいしいだけじゃない生命力が高いトマトを届けようと決める。

夫婦で「ありがとう」「愛してる」と日々トマトたちに声を絶えずかけている。

【妻:織田茜】1978年 鹿児島生まれ 中央大学法学部卒 都内の化粧品メーカーで「肌の専門家」として年間2,000人以上の肌相談に対応。社内外で美容や応対の教育指導も手掛ける。

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