トマトの樹は一本一本違います。それを見極め必要な手入れをするのが私たちの役割です

織田トマトの日々
あかね
あかね

織田トマト広報担当、織田茜です。

トマトの作業は同一の作業を数日にわたってひたすらやり続けることが多いです。

それは、體の負担にもつながります。

もともと腰痛持ちの夫。

最近、體を休ませられておらず、また同じ作業が続いたことで腰が悪化してしまいました。

今日は筋肉をこまめにほぐしながら、腰をいたわりながら作業をしています。

 

今日もひたすら、妻は下葉かき、夫はつり下ろし→誘引作業です。

下葉かきは、樹の上の葉っぱ(10センチ程の大きさの葉っぱ)から数えて10枚の葉っぱを残して、残りの葉っぱは取ってしまう作業です。

我が家のトマトハウスでは、トマトを土で育てています(土耕栽培)。

土の場合は、水耕栽培などと違って場所によっても土の水分量が異なるので、隣り合っている樹でも背の高さが30~50センチ程違うこともざらにあります。

(土耕栽培のトマトハウスでも、立地によって条件がそれぞれなので、土の状態が全体的に安定しているトマトハウスももちろんあります)


飛びぬけて背が高い樹もあれば、背が低い樹もあり、それらが同じ畝に混在しています

すると、今目の前にある樹は背が高く葉っぱを5枚取ったのに、隣の樹は背が低くて葉っぱは2枚しか取らないというように、樹によって取る葉っぱの枚数もまちまちです。

なので、定期的にこれから下葉を取る樹たちを見上げてはそれぞれの高さを確認し、一本一本に合わせて葉っぱを取っていきます。

背の高さが高ければ自ずと葉っぱの枚数も多いので、背が高い樹が多い畝の下葉かきでは、取った葉っぱを入れるコンテナがあっという間にいっぱいになります。

一本一本の状態を見極めながら行う作業は、とても難しく手間もかかります。

また、一筋縄ではいきません(^^;)

それぞれの成長スピードや個性があり、それをちゃんと見てあげて必要な範囲で手を入れる。

私はまだまだこの樹に合わせた対応が下手くそで、夫に相談しながら進めることも多いです。

けれど、それが土で育てる面白さでもあるんだろうなぁとトマト農家になって4年目になって感じています。

実際、職人気質の夫は、「いやー、難しいなぁ」なんて言いながらも、夫の顔は“この子はどんな個性があって、それをどう生かしてあげたらいいかなぁ”と考えて対応していることが面白くて楽しいって言う顔をしています(笑)

明日も一本一本のトマトたちとじっくり顔を突き合わせながら、下葉かきをやっていきます!

細胞が喜び命が輝く大空と大地の愛を繋ぐ織田トマト

【夫:織田康嗣】1982年 高知生まれ 高知県立高知東高等学校卒 
大阪や東京でコンサートなどの音響スタッフやドラマーとして活動し、故郷で農業がしたいと高知にUターン。

2014年 高知県佐川町に夫婦で移住
2017年 トマト農家として新規就農する

幼い頃、週末になると父親の実家がある佐川町に、田んぼの手入れをしに父親と来ていた。

サラリーマンだった父親は、朝早くから夜遅くまで仕事で家におらず、普段は笑顔がなかった。

けれど、週末の田んぼで汗を流す時だけは、とびきりのいい笑顔をしていた。

それを見た時に、「農業っていいなぁ」となんとなく思っていたが、高校卒業後は興味があった音楽の道に進む決意をする。

東京で長年暮らすうちに、「いつかは故郷に帰りたい」と思うようになり、そんな時に頭に浮かんだのは、かつての父親が楽しそうに田んぼをやっていた姿だった。

そこで、「自分が生きたい人生を選び、とことん楽しむ」と決め、故郷・高知で農家になる事を決断。

『仕事やプライベートの区別なく、自分の人生をまるごと楽しむ大人で溢れる世の中にする』ことをビジョンに掲げる。

自分の人生をとことん楽しむためには、まず心とからだが元気でエネルギーに満ちていることが大切だと考え、おいしいだけじゃない生命力が高いトマトを届けようと決める。

夫婦で「ありがとう」「愛してる」と日々トマトたちに声を絶えずかけている。

【妻:織田茜】1978年 鹿児島生まれ 中央大学法学部卒 都内の化粧品メーカーで「肌の専門家」として年間2,000人以上の肌相談に対応。社内外で美容や応対の教育指導も手掛ける。

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