トマト農家になると決めてから5回目の桜の季節を迎えました

織田トマトの日々
あかね
あかね

織田トマト広報担当、織田茜です。

4月になって春らしい陽気になってから

ランニングをしている方をよく見かけるようになりました。

私自身は以前は週一ランニングをしていたのですが、

気づけばすっかりご無沙汰状態になってました(^^;)

走りやすい季節になったことですし、まずは

ウォーキングから始めます!!

今年は全国的に大分早く桜が開花しましたね。

トマトハウスがある佐川町でもあちらこちらで桜が咲いています。

トマトハウスのすぐ近くや私たちが現在暮らす集落にも桜並木があり、この時期はトマトハウスの行き帰りやお昼ごはんなど、日常の中で花見をしているようなウキウキした気持になります。

私たちがトマト農家になったのは4年前。

桜が咲くこの季節に就農の準備を始めました。

今トマトハウスがある場所にはハウスも何もなく、もちろんトマトは1本もない状態。

トマトハウスの建築が始まってまだ間もない頃で、この場所に訪れては、ハウスが作られていく過程を眺めていました。

その行き帰りにあった桜並木。

満開の桜を見ながら、

「1年後はどうなってるかなぁ」

「ちゃんとトマトが育って収穫できてるかなぁ?」

「いっぱいトマトが収穫できますように!!」

と夫婦でトマト農家になった1年後の姿を想像しては、ドキドキワクワクしていました。

そんな話をしていた1年後の2018年の春。

私たちにとって初めてのシーズンを迎え、無我夢中でやっていました。

初シーズン真っ只中だったこともあり、比較する実績もまだありませんから、とにかく目の前のことをしっかりやっていくことに集中していました。

その合間に桜を見ては1年前の夫婦の会話を思い出し、今後もトマト農家としてやっていくためにも初シーズンにしっかり収穫して弾みをつけるぞ!!と自分に気合いを入れていました。

初シーズンが終わってみると、なんと、地域の記録を塗り替えるほどの収穫量を達成していました。

夫婦ふたりで無事に1年目を終えられたことにホッと胸をなでおろすとともに、大きな自信を得た年になりました。

 

そして、次のシーズンを迎え、1年目に得た自信を胸に意気揚々と苗を植え、農作業に励んでいました。

けれど、1年目とは明らかに違った状態になりました。

それは、トマトの病気が発生したからです。

病気の発生によって1年目に比べてトマトの収穫量はガクッと落ちました。

続く3シーズン目も同じようにトマトの病気に見舞われ、その対策に追われていました。

しかも、2年連続して収穫量が減ってしまった私たちは、経営面でも非常に厳しい状態に陥り、夫婦共に桜を見る余裕が全くありませんでした。

けれど、どん底の状態になりながらもなんとかそこから立て直すために、ふたりでもがき、何度も話し合い、試行錯誤を繰り返すうちに、3シーズン目の後半からは自分たちがやっていきたい農業や暮らし、お互いの強みなどがどんどん明確になっていきました。

そして、経営面でもアップアップの状態で桜を見る余裕がなかった私たちでしたが、今まで漠然としていたものがどんどん明確になるにつれて、心の在り方も大きく変わっていきました。

心の在り方が変わってくると、これまで果てしなくあった不安や恐れが小さくなってきて、就農の準備をワクワクしながらやっていたあの時と同じように、ワクワクすることが増えてきました。

そして、

「今後はこんなことがしたい」

「織田トマトはこんな風になっていきたい」

と未来に向けた話をふたりでたくさんするようになりました。

そして、今年。

春を迎えるこの季節に、夫婦で満開の桜並木を歩いては「きれいだね」と言って笑い合っています。

それがとても嬉しくてありがたいなぁと感じています。

細胞が喜び命が輝く大空と大地の愛を繋ぐ織田トマト

【夫:織田康嗣】

1982年 高知生まれ 高知県立高知東高等学校卒 
2017年 新規就農してトマトの栽培を始める

幼い頃、週末に父親の実家がある佐川町に、田んぼの手入れに来ていた。
平日はサラリーマンとして働く父親は普段全く笑顔がなかったが、週末の田んぼで汗を流す時だけは、驚くほどとびきりのいい笑顔をしていたのが子ども心に強く印象に残っていた。

高校卒業後は、大阪や東京でコンサートなどの音響スタッフやドラマーとして活動。

東京で長年暮らすうちに、「いつかは故郷に帰りたい」と思うようになり、そんな時に頭に浮かんだのは、かつて父親が楽しそうに田んぼをやっていた姿だった。

「仕事もプライベートも自分の人生をまるごと謳歌する大人を増やす」べく、命の源である食を支える農家になることを決意。

世の大人たちを細胞からエネルギーで満たす生命力が高いトマトを届けようと日々励んでいる。

【妻:織田茜】

1978年 鹿児島生まれ 中央大学法学部卒 

都内の化粧品メーカーで「肌の専門家」として年間2,000人以上の肌相談に対応。社内外で美容や応対の教育指導も手掛ける。

夫と共に高知に移住し、2017年から夫婦でトマトを栽培している。

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