限りある命の使い方

織田トマトの日々

多くの人は自分の命が
明日も明後日も
ずっと続くと思っている。

だけど

命には期限がある。

それを私に自らの姿と言葉で
示してくれた方がいる。

今日はそんなお話です。

 

「自分を生きる」

と決めたあなたを
大空と大地のエネルギー
たっぷりのトマトで応援する

織田トマトの織田茜です。

 

先日、広島に行った時に
よく聞かれたのがこの質問。

 

 

高知から広島までどうやってくるの?

 

 

私がこれまで広島まで行った時の
移動方法としてはこの3つ。

・車
・高速バス
・特急列車と新幹線

 

そして

先日の広島行きでは
特急列車と新幹線に乗って
行きました。

 

その時に乗った特急列車は
「南風」という名前で
高知から岡山まで走っています。

 

この特急列車は時々
「アンパンマン列車」
と呼ばれる仕様になっていて

外も中もアナウンスも
アンパンマンワールド全開なんです。

 

 

 

今回の広島行きで乗った南風が
偶然にもこのアンパンマン列車でした。

 

そして南風に乗りながら
ある方のことを
思い出していました。

 

それは

今年の8月に徳島で開催された
板坂裕治郎さんの
NJE理論ブログセミナーでお会いした

広島の「相続」専門行政書士の
今井利行さん。

 

相続手続が広島で起きて何から始めていいかわからない方に相続専門行政書士が三代先まで円満な相続手続をお手伝いします
三代先まで円満な相続のためにさんのブログです。最近の記事は「笑福亭仁鶴さんが亡くなられた(画像あり)」です。

 

裕治郎さんと出会いブログを
始めて5年以上も毎日書き続け

日本各地でのブログセミナーも
何度も再受講されていた
ブログの大先輩。

 

親父ギャグが大好きで
ブログには親父ギャグが
散りばめられていて

毎日ひと笑いもふた笑いも
させていただきました。

 

そんな今井さんは数年前に
癌を患い闘病生活を
続けられていました。

 

そんな中でもブログを
毎日更新され続け

8月に徳島で開催された
ブログセミナーにも

アンパンマン列車に乗って
徳島入りされていたんです。

 

私はそこで初めて
お会いしたんですが

アンパンマン列車に乗ったことを
とにかく嬉しそうに話していたのが
印象に残っていて。

 

その時に今井さんが
語ってくれた話。

 

それは

ブログは自分の命そのものだ

ということ。

 

抗がん剤を投与して
具合がものすごく悪くても
ブログだけは毎日更新する。

 

言葉通り命がけで自分は
ブログを書いているんだ

 

人は普段生活している時
自分の命の期限を考えることは
そうそうないですよね。

 

でもそれは

私たちが健康だったり
命が明日も明後日も続くことが
当たり前だと思っているから

 

だけど

その命にはそれぞれに期限がある

と実感した時

私たちは今と同じ生活を
同じ気持ちで送っているだろうか?

 

今井さんは自分の命が
限りあると感じた時

やっぱり自分の好きなことをやって
好きな人たちと一緒に過ごしたい

って心から思ったそうです。

 

オヤジギャグの今井 利行さんからの熱いメッセージ
オヤジギャグといえば この人の名前が 上がってくるぐらい浸透していた 今井さんが亡くなられた 全国に3000名いる 生徒さんの中でも 一番多く わしのセミナーに参加してくれた 今井さん 彼が最後に ブログセミナーの皆さん …

 

その今井さんは9月29日に
この世に別れを告げられました。

 

今井さんとはたった一度しか
お会いしていないけど

私に自分の命の使い方を問い
在り方を教えてくれた存在です。

 

そんな今井さんは
私がトマト農家だと知ると

「トマトの収穫が楽しみです」
と言ってくれました。

 

今トマトハウスで
赤く熟れたトマトを収穫する時

ふと今井さんの言葉を
時々思い出すんです。

 

 

その度に

このトマトたちを
たった一度の自分の人生を
とことん生きる
命が輝く源として届けたい

そう強く想う。

 

 

今井さん

トマトたち、収穫が始まりましたよ!
この光景を天国から見て
どんな親父ギャグを言っていますか?

 

高知からまごころこめて。

細胞が喜び命が輝く大空と大地の愛を繋ぐ織田トマト

【夫:織田康嗣】

1982年 高知生まれ 高知県立高知東高等学校卒 
2017年 新規就農してトマトの栽培を始める

幼い頃、週末に父親の実家がある佐川町に、田んぼの手入れに来ていた。
平日はサラリーマンとして働く父親は普段全く笑顔がなかったが、週末の田んぼで汗を流す時だけは、驚くほどとびきりのいい笑顔をしていたのが子ども心に強く印象に残っていた。

高校卒業後は、大阪や東京でコンサートなどの音響スタッフやドラマーとして活動。

東京で長年暮らすうちに、「いつかは故郷に帰りたい」と思うようになり、そんな時に頭に浮かんだのは、かつて父親が楽しそうに田んぼをやっていた姿だった。

「仕事もプライベートも自分の人生をまるごと謳歌する大人を増やす」べく、命の源である食を支える農家になることを決意。

世の大人たちを細胞からエネルギーで満たす生命力が高いトマトを届けようと日々励んでいる。

【妻:織田茜】

1978年 鹿児島生まれ 中央大学法学部卒 

都内の化粧品メーカーで「肌の専門家」として年間2,000人以上の肌相談に対応。社内外で美容や応対の教育指導も手掛ける。

夫と共に高知に移住し、2017年から夫婦でトマトを栽培している。

織田トマトの日々
細胞が喜び命が輝く大空と大地の愛を繋ぐ「織田トマト」
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