溜め込んだ痛みや悲しみから自由になる

織田トマトの日々

怒りってねそれを紐解くと
そこには悲しみだったり
痛みだったり苦しみだったりが
ギュウギュウに詰まっている。

その行き場がなくなって
それを出すためには怒りが
必要だったんだよね。

 

自分の人生をとことん楽しむ
大人で溢れる世の中にする

ことをビジョンに

エネルギー溢れる真っ赤な太陽
のようなトマトを通して

細胞が喜び命が輝く
大空と大地の愛を繋ぐ天使💛

織田トマトの織田茜です。

 

先日、我慢強い人は
自分のからだのSOSに気づきにくい
って書いたけど

 

我慢強い人こそちゃんとケアしよう
人にも性格があるように 野菜にも気質がある。 私はトマト農家だけど 気質はトマトよりも ニラに近いらしい。 今日はそんなお話。 自分の人生をとことん楽しむ 大人で溢れる世の中にする ことをビジョンに ...

 

これってからだのことだけじゃ
ないんだよね。

 

我慢強い人は心の痛みにも
ギリギリまで我慢しちゃう。

 

最近、ネットニュースで
よく名前が出てきている麻耶さん。

 

Yahoo!ニュース
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実際はどうなのかは
他人の私には分からない。

 

それに

真実ってそれぞれにあるものだから
どれが正しいとか間違ってる
って話とも違う。

 

ただ、きっととっても我慢強い
人なんだろうなぁって思った。

 

悲しみや痛みに我慢強い人は
辛くても明るく笑ってしまう。

 

だけど

そうやってても悲しみや辛さは
消えてなくならない。

 

そのうちにどんどん積み上がって
もうこれ以上耐えられなくなって
やっと外に出す。

 

その時に必要なのが怒りという力。

怒りの力を借りてやっと
外に出すことができる。

 

でも

この時、外に出した痛みや悲しみは
生まれた当初の小さいものとは違って

大きくて深くて自分の手に
負えない物体になっている

 

 

その物体をどうしたらいいのか
自分でもそれを持て余している

 

そんな風に感じた。

 

でね

麻耶さんの動画を観てみて
とある人物の姿と重なって
見えたんです。

 

それは

数年前までの私

 


農家になったばかりの頃

 

移住した夫の故郷である
高知に馴染めず

夫のご家族ともうまく
関係を築けず。

孤独感だったり自分のことが
情けなくて悲しくて辛い。

 

それでもなんとか
がんばろうと奮起して
それができない自分を責めて。

 

そのうち

自分を責めつくした
私の痛みや悲しみは
それだけでは収まりきらず
大きな怒りの塊になって。

 

こんな環境を作ったのは
あなただとばかりに夫を責め
私を責めている周りを責めて。

 

↑ただ、これも結局
当時の私が生み出した世界
なんですけどね。

そこに気づけるようになるのに
何年もかかったけど💦

 

自分でも手に負えない
どす黒い自分のその気持ちを
どうしたらいいのか
ずっと悩んでたし苦しかった。

 

でもね

自分をその苦しみから
自由にするためには

自分が自分を許すしか
ないんだよね

 

そして

自分を許すにはその闇を
浄化するしかない。

 

これは

NJE理論ブログの師匠である
裕治郎さんが言ってるけど

 

辛い過去の経験も浄化させれば強みに変わる!
今日はあの日から11年が経過する日 もう11年も経過すると 色々なメディアでの取り上げ方も 少なくなっていく でも、当事者の方達の心からは 消えてなくなることはない! だからこそ その当事者の経験を 誰かの役に立てる経験 …

 

本当にそうだとあの当時の
私を振り返ってみて思う。

 

そして

浄化した闇はやがて
同じように傷ついた人々を
優しく照らしあたため癒す
光となるんです。

 

それに

闇が深ければ深いほど
浄化された時に
それはひときわ大きくて
輝く光に変わる。

 

 

 

だからね

あなたのその抱え込んだ
多くの痛みや悲しみを
ちゃんと見てあげよう。

 

そして

そんなにまでして頑張ってきた
あなた自身をあなただけは
認めてあげよう。

 

だって

あなたがその痛みや悲しみを
ずっと自分で奥底に抱えてきたのは
あなたの優しさだから。

 

そして

あなたが抱えてきた
痛みや悲しみは
あなたがあなたを許した時
誰かに寄り添う愛に変わるのだから。

 

 

高知から愛とまごころをこめて。

織田トマト

【夫:織田康嗣】
高知県立高知東高等学校卒 

2017年 新規就農してトマトの栽培を始める

幼い頃、週末に父親の実家がある佐川町に、田んぼの手入れに来ていた。
平日はサラリーマンとして働く父親は普段全く笑顔がなかったが、週末の田んぼで汗を流す時だけは、驚くほどとびきりのいい笑顔をしていたのが子ども心に強く印象に残っていた。

高校卒業後は、大阪や東京でコンサートなどの音響スタッフやドラマーとして活動。

東京で長年暮らすうちに、「いつかは故郷に帰りたい」と思うようになり、そんな時に頭に浮かんだのは、かつて父親が楽しそうに田んぼをやっていた姿だった。

「仕事もプライベートも自分の人生をまるごと謳歌する大人を増やす」べく、命の源である食を支える農家になることを決意。

世の大人たちを細胞からエネルギーで満たす生命力が高いトマトを届けようと日々励んでいる。

【妻:織田茜】

中央大学法学部卒 

都内の化粧品メーカーで「肌の専門家」として年間2,000人以上の肌相談に対応。社内外で美容や応対の教育指導にも従事

夫と共に高知に移住し、2017年から夫婦でトマトを栽培している。

織田トマトの日々
愛∞無限大|織田トマト
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